mais chaud

4月にパリ滞在を計画していたが、仕事の都合もあり、延期になる可能性が出てきた。パリに行ったら、私の名前でもあるmaischaud(時期的にはmarron chaudかな?)を写真に撮って、皆さんにお見せしようと思ったが、先延ばしになりそうなので、mais chaudについてお話したい。

パリ5年間ではオランダ3ヶ月を含めると、7回の引越しを経験した。そのうちの殆どは、11区に住んでいが、最後にbellevilleというアラブ、アフリカ、アジアの中国の(私達はこれを3Aと呼んでいた)人種が混じって、仏人は余り見かけない移民だらけの強烈なカルチエ(地域)に引っ越した。立ち退きに遭って、3ヶ月掛けて探したけれど、そこしか選べなかったのだった。

毎日が民族紛争といった感じで冬でも熱くエネルギッシュだった。いろんな国のお店やレストランがあるので、ケニアやモロッコ、チュニジアなどに行っても、“あ、ここもbelleville。”という感じで馴染み、帰って家路についてもそこにいた人種(下手するともっと凶暴)が変わらずにいるという、パリの真中であり、パリでない、上級者編...というか、誰も住みたくない貧困地区だった。maraisやmontmartre、bastille周辺はアーチストが多いが、bellevilleは売れないアーチストが多かった!一時小洒落エリアに入りかけたが、イマイチ波に乗れなかった。でも、結構マニアうけするので、アンダーグランドな面白い人達も多く住んでいた、っていうか、変人しかいない。...bellevilleは見て頂かないと分からない強烈さがあるので、説明が長引いてしまった!

mais cahudは、焼とうもろこしで、belleville名物だった。地下鉄出口付近の狭ーい歩道に、多いときで12,3人の黒人がそれぞれナイロンだかビニールだかのチェックの大袋(これは引越しバックと呼んでいた)を歩道に置き、その中でとうもろこしを焼いて売っているのだ。燃えそうな袋の中でどうやっているのかは、未だ謎だ。皆同じ商売で一列に同じ場所に立ち“マイス・ショ、マイス・ショっ...”と連呼している。何も知らずに出口階段を上がった人は強烈に驚いていた。ある日、不法に露店業を営んでいたアフリカ人が、皆勢い良く走って逃げていたので、何事かと思ったら、警察が不法に出店しているのをコントロールに来ていた。なぜ、わざわざ燃えそうな袋にいれているかというと、一緒に持って逃げ易いという理由だった。これと同じような焼栗屋は、インド系の人が多くやっているのを見かけるが、彼らは、スーパーの大型カートの中にドラム缶を入れて移動し、出店していた。、ポリスが来た場合は、置いて逃げなければならないリスクがある。見る限りでは、2つともおいしそうではなかったし、たしか1ユーロくらいと高かった。

これを見た日本から遊びに来ていた友達が、マイス・ショの激戦区として、今でも思い出話として語り継がれている。bellevilleはよくある名前で、アカウントが取り難いし、いかにもっていう仏語もかゆくなるので、分かる人には独り笑いしてもらいたいmaischaudにしてみた。まあ、何てことない名前なんだけど...。

パリを訪れた際は是非汚ーい格好で訪れて、仏移民問題も味わって頂きたい。中華街もあるし、ベトナムレストランも本場に負けないくらい美味しい!水タバコもアラブ人おやじに混じって吸えます。そうそう、アラブ人のお菓子やの隣にはイスラエルのお店もあったりして、変な所でした。
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by maischaud | 2005-03-18 19:53 | 日常
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