ポーランド

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昨日のDorotaの話のついでにポーランド旅行のお話もしたくなりました。

99年夏、私と日人友達でパリから北上経由して、ポーランドを目指す電車の旅をした。ドイツや北欧の後、まずは、シノウーッシェというドイツと共有している小さーな島に、友達アンジェ(彼はパリでお留守番)のおばあちゃんとお母さんを尋ねて行った。黒人どころか、アジア人は珍しいらしく、その日の注目度は島ではナンバー1。ポーランドしか話さない彼女達には、大変迷惑をかけたが、暖かく迎えていただき感謝だった。
←スウェーデンから電車で移動中、車両も船に入ってバルト海を移動。

田舎から田舎への移動は電車とバスを利用した。観光地でないのでガイドブックも必要なかった。2度もさびれた駅で野宿させられたりして、若いって素敵!と今は思う。というか、今でも余り関係なかったりするけど…。そうそう、それで友達のDorotaの家には無傷で到着。使っていない彼女の築浅アパートをベースに生活した。

c0040003_1505965.jpg驚く事だらけだったけど、まず1つ。彼女は田舎のヒッピーの館に連れて行ってくれた。自給自足のベジタリアン生活をしながら、社会から外れて生活している若者の館になっていて、いでたちが映画や雑誌でみた70’Sヒッピーと同じだったので、日人友達と私は超うけてしまった。1日1回ミーティングがあって(勿論ポ語)、何を話しているか聞いたら、サーカスの動物をどうやって助けるかを議論していた。なんと!自国の政治や社会のあり方かとおもいきや、動物愛護かあ。でもサーカスぅ~?!退屈になった頃議論も終わり、終わった途端、誰かがぱーっと違法なものを吸い始め、60度以上の自家製ウォッカで、小パーティーをはじめていた。あ、勿論、ギターとか弾いて踊ってましたよ。なんだか分からない館だったけど、彼女のお陰で、希少価値の高いものをみれた。

c0040003_1575048.jpg2週間程のポーランドだったが、彼女と一緒の時は、各地の親戚や知り合いの家に泊まらせてくれて、ドメスティックな生活を楽しめた。クラコフの大家族で泊まる場所がない家に押しかけた時は、私とは見ず知らずの下の階のお宅に泊まらせてもらった。しかも、夜遊び後で、深夜の帰宅になってしまった。そこの大家族パパは未だに、我が家に日本人が来た事を近所の人に自慢してるらしい。翌日のアウシュビッツは電車の便が悪く、わずか1時間も見学できなかった。自分の落ち込む姿を想像していたが、少し見学し、映画をみただけで、写真も撮れないとんぼ返りは残念だった。ところで、この写真の電車、ドアが壊れて、開き放しでずーっと走っていました。70年代から変わらないようなポップな椅子がかわいかったです。

Dorotaのワルシャワの親戚の家での事。テレビから映画が流れていたが、ポ語の吹き替えだったのだが、しばらくして気が付くと、全部同じ声だった!ポーランドは予算の都合声優が一人全役やるのは当たり前だとか。今でも同じ人が活躍していることだろう。
田舎で食事中みかけたおばあさんは、立派な口ひげをはやしていて、両方の先っぽがくるり~ん(ホントです!)と巻いていた。剃らないのがすごいけど、そのおばあさん級でなくても、おひげや髪の薄い人は結構見かけた。あんなに女性的な体系なのに、ホルモンバランスが変わると、ポ女性は恐ろしいことになってしまうらしい。

いろんな人に助けられたポーランド。みな気さくで純粋だった。EU加わり、国民性も少しずつヨーロッパに近ずく変化があるのが残念だ。
EUになって早1年。収入は変わらず、物価ばかり上昇しているのが現状らしい。ある都市では、10倍もの物価の値上がりに悩まされ、外国へ職を求めて出て行く人数も増えたとか。統計学的に語学センスがあるらしく、仏でも学校にいけないポ人も仏語をこなしていたから凄い。なにかとご縁のあるポーランド。またいつかお邪魔したいと思います。今度はもう少し英語が通じるようになっているのかなあ…。
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by maischaud | 2005-05-17 02:35 | 旅行
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